日蓮宗と墓 | 宗教観とは
法華経は本仏の声そのものであって、法華経の功徳すべてが「南無妙法蓮華経」の七文字にこめられていると日蓮聖人は考えたのです。そこで「法華経の内容をすべて信じ帰依する」という意味の「南無妙法蓮華経」を唱えることを何よりも重要な修行としているのだそうです。また、現在の日本での葬送や供養などは、インドの仏教が大陸を渡って、道教や、儒教と結びついて、日本ではそれらを受け入れながら地域土着の民俗信仰や習俗とあいまって、日本独自のスタイルが確立されたのですよ。
民族が違うと、死生観も変わってくるのです。インドのヒンドゥ教では幼児と出家者は土葬なのですが、それ以外は火葬にして13日目の儀式の後に、聖なる河ガンジスに流すのだそうです。また日本のようにお墓を作ることはないそうです。また、イスラム教では火葬は神を冒涜するという考えなので土葬にするそうですよ。そして3日間の喪に服した後に、通常の生活に戻るのです。
お墓は建てることに意味があるのではなくて、お参りすることに意味があるのです。お墓は、先祖や故人のための浄土で、浄土として維持し続けるためには、お参りを続けることが欠かせないことなのです。お参りすることで、先祖や故人を思うとともに、自分の心を見つめることもできるのです。お墓参りに決まりはなくて、いつしてもよいのです。ですが実際いつでもいいとなると、おろそかになりがちなので、お墓参りの時期にお参りを行うことがお勧めですよ。
日蓮宗では、お参りの際お唱えする言葉が「南無妙法蓮華経」なのです。お墓参りが現在まで受け継がれている背景には、「日本人の死生観」があると思います。人々が長い間、何代にも渡って大自然から学んだものや、先祖の偉大なる智慧から生み出されたものなど、それらは多くの人々に育まれることによって受け継がれてきたのです。そして、これが日本民族の宗教観(死生観)だと言えると思うのです。
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